特許出願を行うと、特許庁から「拒絶理由通知書」が届くことがあります。実はその中でもっとも頻出なのが「新規性」および「進歩性」の欠如です。
これは、企業知財部の実務担当者はもちろん、弁理士試験の受験生にとっても避けては通れない重要な論点です。本記事では、特許法に基づいた新規性・進歩性の基本から、実務や試験で活用できる判断基準、さらには注意すべきポイントまで詳しく解説します。
- 1. なぜ新規性・進歩性が重要なのか?~背景と実務への影響~
- 2. 新規性とは?〜「世界で初めて」であることの証明〜
- 3. 進歩性とは?〜「容易に思いつく」発明はNG〜
- 4. 当業者とは誰か?〜スーパーマン的技術者像〜
- 5. 進歩性の否定/肯定の方向に働く事情とは?
- 6. その他の主な拒絶理由(参考)
- 7. 実務・試験対策への応用
- 8. 新規性・進歩性に関する重要判例の解説
- 最後に
1. なぜ新規性・進歩性が重要なのか?~背景と実務への影響~
まず、新規性・進歩性とは何かを学ぶ前に、なぜこの2つが拒絶理由の大半を占めるのかを理解しておくことが重要です。
● 実務上の重要性
特許出願にかかる審査の中で、「先行技術との比較」は特許性の核心部分です。新規性や進歩性を欠くと判断されれば、どれだけ革新的に見える技術でも特許は取れません。実際、たいていの特許出願が審査段階で新規性、進歩性を根拠に拒絶されます。
知財業務全般については下記で解説をしています。
● 弁理士試験での出題頻度
新規性・進歩性は、短答式試験、論文式試験ともに毎年のように問われる超重要論点です。理論の理解だけでなく、判例や審査基準をベースとした応用的な思考も求められるため、早期からの対策が不可欠です。
2. 新規性とは?〜「世界で初めて」であることの証明〜
● 新規性の定義(特許法第29条第1項)
産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。
- 一 出願前に公然知られた発明
- 二 出願前に公然実施された発明
- 三 出願前に刊行物等で公知となった発明
このように、「すでに世の中に知られていた発明」には新規性が認められず、特許は付与されません。
● 新規性の判断方法
新規性判断の対象は「請求項にかかる発明」であり、審査官はそれを先行技術(引用発明)と対比して検討します。
- 相違点がある → 新規性あり(特許される可能性)
- 相違点がない → 新規性なし(拒絶理由)
なお、引用発明としては、単に他の特許の請求項だけでなく、明細書全体の記載内容も対象となります。
● よくある新規性の落とし穴
- 公開前の論文投稿や学会発表
- 企業展示会やWebサイトでの製品発表
- 共同開発先での情報漏洩
これらは「公然知られた発明」に該当する可能性があるため、秘密保持契約(NDA)の徹底や早期出願が実務上重要です。
3. 進歩性とは?〜「容易に思いつく」発明はNG〜
● 進歩性の定義(特許法第29条第2項)
当業者が先行技術を基に容易に発明をすることができたときは、その発明について特許を受けることができない。
「技術者であれば誰でも思いつくよね」という発明に、独占権を与える必要はないというのが進歩性否定の趣旨です。
● 判断の枠組み
- 請求項にかかる発明に最も近い主引用発明(主引例)を特定
- 主引例と請求項との相違点に注目
- その相違点を、副引用発明(副引例)や技術常識により補うことが合理的か(論理付け)
- 阻害要因や有利な効果があるかを総合判断
この「論理付け」ができるか・できないかが最大の判断ポイントとなります。
4. 当業者とは誰か?〜スーパーマン的技術者像〜
審査基準によると、当業者とは以下のような人物を想定しています。
- 該当技術分野における出願時の技術常識を有する
- 通常の技術的手段を用いて研究開発できる
- 材料選定や設計変更といった創作能力を有する
- 関連技術の技術水準も把握している
つまり、想定される最強レベルの実務家を基準に進歩性を判断するというイメージです。
5. 進歩性の否定/肯定の方向に働く事情とは?
● 進歩性を否定する方向に働く要素
- 技術分野の関連性が高い
- 解決しようとする課題が共通
- 機能・作用が一致
- 引用文献に明確な示唆がある
- 単なる周知技術の適用や設計変更
➡ これらがあると「思いつくでしょ」と判断されやすくなります。
● 進歩性を肯定する方向に働く要素
- 新たな効果(予測困難な効果)がある
- 阻害要因(技術的に組み合わせが困難、目的に反するなど)がある
例:揚げアイス
「アイス」と「揚げ物」は普通に考えると両立しません。しかし、特別な衣や急速加熱技術を用いることで「外はカリッと、中は冷たい」という有利な効果を生み出し、かつ阻害要因(アイスが溶ける)を克服しています。このような場合、進歩性が認められる可能性が高くなります。
6. その他の主な拒絶理由(参考)
拒絶理由 | 該当条文 | 内容概要 |
---|---|---|
発明に該当しない | 特許法29条1項柱書 | 自然法則を利用していないなど |
産業上利用不可 | 特許法29条1項柱書 | 人体治療方法など |
拡大先願の後願 | 特許法29条の2 | 他人の先願と同一内容の出願 |
最先の出願でない | 特許法39条 | 先願主義違反 |
明細書の記載不備 | 特許法36条4・6項 | 発明の内容が不明瞭など |
発明の単一性違反 | 特許法37条 | 一出願一発明の原則違反 |
他の拒絶理由については、こちらでご説明しています。
7. 実務・試験対策への応用
● 実務での注意点
- 出願前の先行技術調査は必須(J-PlatPat活用)
- 新規性喪失のリスク管理として、**秘密保持契約(NDA)**の徹底
- 発明の効果や課題の差別化を明細書でしっかり記載
● 弁理士試験対策
- 特許法29条の逐条理解
- 審査基準の該当箇所は熟読
- 判例:「内視鏡事件」「テトラパック事件」など進歩性関連は暗記必須
- 過去問を分析し、論理付けの実例を整理
8. 新規性・進歩性に関する重要判例の解説
新規性や進歩性の判断においては、審査基準だけでなく裁判所の判断(判例)も非常に重要です。特許庁の審査実務や弁理士試験の出題も、これらの判例の考え方に基づいています。以下では、実務でも試験対策でも押さえておくべき代表的な判例をいくつかご紹介します。
● 【新規性に関する判例】センサ取付構造事件(知財高裁 平成20年(行ケ)第10158号)
◆ 事案の概要
請求項の構成が、先行文献に記載されていた技術内容と一言一句一致しないものの、本質的には同一であるとして、特許庁が新規性なしと判断した事案です。
◆ 裁判所の判断
裁判所は、単なる用語の違いではなく、技術的思想や構造的相違があるかどうかが新規性判断のポイントであると述べ、実質的に一致する場合は新規性がないと判断しました。
◆ ポイント
- 新規性の判断では「文言の違い」よりも「実質的内容」に注目
- 単に用語を変えただけでは新規性を確保できない
◆ 実務・試験への応用
明細書で差別化を図る場合は、「構造」「作用効果」「課題」といった技術的本質で相違点を明確にすることが重要です。
● 【進歩性に関する判例】内視鏡事件(最判 昭和61年3月13日)
◆ 事案の概要
内視鏡に関する発明に対して、複数の周知技術を組み合わせれば容易に想到できるとされ、進歩性なしと判断された特許が争われた事件です。
◆ 裁判所の判断
裁判所は、引用発明同士の組み合わせに阻害要因があるかどうかを重視し、特許が拒絶されるかどうかを判断しました。結果的に、発明には技術的課題の解決に寄与する作用効果があるとして、進歩性を認めました。
◆ ポイント
- 技術的課題や解決手段に阻害要因がある場合、進歩性は肯定される方向に働く
- 技術的効果が予測できないと評価される場合も、進歩性ありとされる
◆ 実務・試験への応用
進歩性を主張するには、単なる技術の組み合わせではなく、「なぜその組み合わせが容易ではなかったか」という論理付けが必要です。
● 【進歩性に関する判例】テトラパック事件(知財高裁 平成19年(行ケ)第10084号)
◆ 事案の概要
紙容器の製造方法に関する発明について、複数の周知技術を組み合わせて構成されたものであり、容易想到であるとして特許が拒絶された事件です。
◆ 裁判所の判断
裁判所は、複数の技術を組み合わせる際に、目的や作用に矛盾がないかどうか(阻害要因)を確認すべきだとしました。結果的に、異なる技術の組み合わせに技術的困難があると認められ、進歩性が肯定されました。
◆ ポイント
- 異なる技術の組み合わせでは「目的」「作用」「課題」の整合性が重要
- 矛盾や困難がある場合、進歩性は認められやすくなる
◆ 実務・試験への応用
審査対応や試験答案では、「組み合わせが技術的に困難である」ことを具体的に説明する力が問われます。
● 【近年注目される進歩性の判例】組合せ容易性の判断枠組み整理事件(知財高裁 平成28年(行ケ)第10174号)
◆ 事案の概要
進歩性判断における、引用発明同士の「組合せの容易性」について、その判断方法が問われた事件です。
◆ 裁判所の判断
知財高裁は、進歩性判断においては「課題が共通」「解決手段が同様」「作用効果が一致」などの論理的つながり(論理付け)が明確でなければならないと明言しました。
◆ ポイント
- 「論理付け」は進歩性否定の中心要素
- 引用発明間に明確な技術的関連性がない場合、進歩性が肯定されやすい
◆ 実務・試験への応用
進歩性を否定する論理付けが成立しているかを検証する力が、審査対応でも論文試験でも極めて重要です。
他の判例はこちらにまとめています。
最後に
本日は新規性、進歩性について説明させていただきました。
とても重要な内容なので、実務や試験にもきっと役立つと思います。
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