この記事は、令和3年度に1年・10万円以下で弁理士試験に合格した現役企業内弁理士が、自身の実体験と実務経験をもとに執筆しています。
本記事では、PCT出願(特許協力条約出願)について、弁理士試験の出題ポイントや実務における使いどころ、条文の解釈も交えながら、体系的にわかりやすく解説していきます。
1. そもそもPCT出願とは?
● PCTとは何の略?
PCTとは、Patent Cooperation Treaty(特許協力条約)の略です。1970年に締結されたこの条約は、一度の国際出願で複数国に出願したものとみなすことができる制度を導入することで、海外出願の手続きを大幅に簡素化することを目的としています。
- 日本は1978年に加盟し、現在では150か国以上が加盟国となっています。
● なぜPCT出願が重要なのか?
従来、ある発明について海外に特許を取りたい場合には、各国それぞれに個別出願を行う必要がありました(いわゆる「パリルート」)。しかし、出願の手間、翻訳、費用、管理など多くの負担がかかるため、現代のグローバルなビジネス環境では非効率でした。
その解決策としてPCT制度が用意されており、国際的に一括して出願したことになる「国際出願」ができるようになりました。
2. 弁理士試験におけるPCT出願の出題ポイント
● 頻出分野
PCT出願は、弁理士試験の「選択科目(外国語文献問題)」や「論文試験(必須科目)」において、以下のような形で出題されます:
- 国際出願日と優先権主張に関する知識
- 国際段階での補正(PCT規則19条、34条)について
- 国際調査報告書の解釈
- 国内移行の要件・期限・手続(PCT条約第22条、第39条)
● 押さえておくべき条文・規則例
項目 | 関連条文・規則 |
---|---|
出願日 | PCT第11条 |
優先権の主張 | パリ条約第4条 |
国際調査 | PCT第15条、PCT規則33条〜 |
19条補正 | PCT第19条、PCT規則46条 |
国際予備審査・34条補正 | PCT第34条、PCT規則66条、67条 |
国内移行 | PCT第22条、第39条 |
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【スタディング】受講者14万人突破!スマホで学べる人気のオンライン資格講座申込 (弁理士)3. PCT出願の実務的意義とメリット
実務においても、PCT出願は以下のような利点があります。
● 優先日を一括して確保できる
PCT国際出願日が各国の出願日とみなされるため(PCT第11条)、先願主義の観点から非常に重要です。
● 一括出願でコストダウン・管理が楽に
複数国にまたがる出願も、一度の手続きで済むので、翻訳や期限管理、事務処理の効率が格段にアップします。
● 国際調査報告により出願戦略を調整可能
事前に技術的評価を得られるため、拒絶リスクのある国への無駄な移行を避ける判断材料になります。
知財業務全体についてはこちらでご紹介しておりますので、ご参照ください。
4. 出願ルートの比較:PCTルート vs パリルート
項目 | パリルート | PCTルート |
---|---|---|
出願先 | 各国個別 | 一括出願 |
優先日 | 第一国出願日(12か月以内) | 国際出願日 |
費用 | 高くなりがち | まとめて抑えられる |
管理負荷 | 高い | 比較的低い |
公開 | 各国の法令に従う | 国際公開(18ヶ月後) |

通常は直接PCT出願を行う場合が多いね
5.PCT出願の流れとタイムライン
以下に典型的なPCT出願のタイムラインを示します:
[0日]:PCT出願 → 出願日確定
↓
[数ヶ月以内]:国際調査(ISAによる)
↓
[18ヶ月後]:国際公開(WIPO)
↓
[19条補正:国際調査報告後可能]
↓
[22ヶ月以内]:国内移行(一部国)
↓
[30ヶ月以内]:国内移行(多くの国)
↓
[必要に応じて]:国際予備審査請求(34条補正可能)


最終的な審査の判断基準は各国で行われるので、国際調査報告で特許性が認められても各国で拒絶されることはよくあるよね~
6. 国際調査報告と19条・34条補正の実務と試験対策
● 国際調査報告(ISR)
- PCT第15条、PCT規則33条以下に基づき実施される。
- 主に新規性・進歩性について、先行技術文献を引用しながら判断。
- 引用文献の分類は試験でも頻出:
記号 | 意味 |
---|---|
X | 単独文献で新規性・進歩性なし |
Y | 複数文献で進歩性なし |
A | 背景技術(進歩性に直結しない) |
→ 論文試験で「引用Xが請求項1に対してどう影響するか」を分析する問題が出題されることもあります。
● 19条補正(国際調査報告後)
- 請求項(クレーム)のみ1回補正可能。
- 明細書や図面の補正は不可。
- 試験では、19条補正が可能なタイミングと補正の対象が問われることが多い。
● 34条補正(国際予備審査請求後)
- 請求項に加え、明細書の補正も可能。
- 何度でも補正できる。
- 国際予備審査報告(IPER)は、後の国内審査の判断材料になるが、拘束力はない。
7. 国際公開と国内移行:PCT出願の終盤戦
● 国際公開(WIPOによる)
- 優先日から18か月後にWIPOが行う。
- 明細書、請求の範囲、図面、調査報告、補正内容が掲載される。
- 競合他社がPCT公開情報を分析し、出願状況を確認するため、企業実務では特に注視される部分。
● 国内移行(National Phase Entry)
- 出願人は優先日から30ヶ月以内(一部国は22ヶ月)に移行手続を完了する必要あり。
- 各国に応じた翻訳や手数料の支払い、出願書類の提出が必要。
- この時点から国内法(例えば特許法、日本なら第184条以下)が適用される。
→ 試験でも「30ヶ月を過ぎたらどうなるか」「国内移行しないとどうなるか」が問われる。

PCT出願は用語と流れが大事なのでまずは大体どの時期に何が行われるのかを抑えておこう
8. 国際調査報告の読み方:実例を用いて
たとえば、特許出願2019-523259(実在の例)を見てみましょう。国際調査報告には以下のように記載されています:
- 引用文献:WO2005/XXXXX(X)、JP2006-YYYYYY(Y)
- 関連請求項:1-5
この場合、X文献だけで請求項1-3が否定され、Y文献との組合せで4-5が否定されていることが読み取れます。
→ この情報をもとに、19条補正でクレームを再構成する戦略を取るのが一般的です。

基本的に重要なのは、関連すると認められる文献のところです。

引用文献のカテゴリー
引用文献のカテゴリーとは
X: 単⼀の⽂献のみで発明の新規性⼜は進歩性がない
Y: 他の⽂献との組み合わせにより発明の進歩性がない
A: ⼀般の技術⽔準を⽰すもの
を表します。
国際調査報告書から何が分かるか
中段は引用文献名とその関連する箇所が書かれています。
そして一番右には、関連する請求項の番号が書かれています。
つまりこの報告書から何が分かるかというと
請求項1~5は上記の2つの引例に基づいて進歩性が無いということで、詳細は中段の指し示す明細書や図面に書いてあるということです。
この見解に基づいて19条補正を行っていくかどうかを検討します。
9. 実務上の注意点・トラブル事例
- 国際出願書類の形式的ミス(翻訳、誤記)は拒絶理由になることも。
- 国際段階での補正が国内で認められないことがある(例:日本の実体審査基準との不一致)。
- 国内移行時に費用負担が一気に増えるため、移行国の選定は慎重に。
PCT出願について更に詳しく知りたい方は一度下記を見られても良いかもしれません。
10. WIPO(世界知的所有権機関)による支援と検索システム
PCT出願はWIPOが事務局となり統括しています。以下のツール・サービスが利用可能です:
- PATENTSCOPE:PCT出願を含む公開特許を無料検索できるWIPOのデータベース
👉 https://patentscope.wipo.int/ - ePCT:電子出願・手続管理が可能なWIPOのオンラインポータル
- WIPOガイドライン:PCT手続を詳細に解説したマニュアル(日本語版も一部あり)
特に実務では、競合のPCT出願状況をPATENTSCOPEで調査することで、グローバルな技術動向の把握や事業判断にも活用できます。
11. よくある質問(FAQ)
Q1. PCT出願だけで特許は取れますか?
A. いいえ、PCT出願だけでは特許は取得できません。
PCT出願は「国際出願」段階にとどまり、最終的な特許の付与(特許権の取得)は、各国の国内移行後にその国の特許庁が審査し、付与を決定します。
Q2. PCT出願後にクレームの追加は可能ですか?
A. 国際段階でのクレーム追加は、PCT規則の範囲で限定的に可能です。
- 19条補正:請求項のみ補正可能(新しい事項の追加は禁止)
- 34条補正:請求項だけでなく明細書・図面の補正も可能(ただし新規事項追加はNG)
- 補正の際には、原出願にサポートされているか厳しくチェックされるため注意が必要です。
Q3. PCT出願とパリルートは併用できますか?
A. 基本的にはいずれか一方を選択しますが、技術の内容や出願戦略によっては併用するケースもあります。
たとえば、「A技術はパリルートで早期に米国へ出願、B技術はPCTで広く様子見」という使い分けをする大手企業もあります。
Q4. 国内移行しなかったPCT出願はどうなる?
A. 国内移行しなかった場合、その国では出願がされたものとは見なされず、権利化できません。
ただし、国際公開(WIPOによる)は行われているため、新規性喪失の要因や、他社の拒絶理由として利用される可能性はあります。
本日はPCT出願の全体の流れについて解説いたしました。ぜひ受験生や実務に関わる方は参考にしてください。
また他にも弁理士試験の勉強方法、知財部で仕事内容に解説していますので、ぜひご覧ください。
私が弁理士試験にかけたコストや時間及びおすすめの講座についてはこちらにまとめていますのでご参照ください。
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