自社の製品は特許を侵害している?――特許権侵害の判断方法を事例付きで解説[弁理士試験にも役立つ]

知財業務全般

自社で開発中、あるいは発売を予定している製品が、他社の特許権を侵害しているのではないかと心配になったことはありませんか?

本記事では、実務に即した具体的な事例をもとに、特許権侵害の判断方法について、知財部門だけでなく開発部門や研究部門の方でも理解しやすいように丁寧に解説していきます。

そもそも特許権侵害とは何か?

まず前提として、「特許権侵害」とは何を指すのでしょうか。

特許法においては、「正当な権限のない者が、特許発明を業として実施すること」を特許権の侵害と定義しています。ここで言う「実施」とは、発明の技術的範囲に属する物の生産、使用、譲渡、輸出入、あるいは方法の使用等を意味します。

つまり、他人の特許に係る発明と同じ構成を有する製品や方法を、自社が無断で使っていた場合、たとえ意図がなくても「侵害」と見なされる可能性があります。

「イ号製品」とは?

実務上、調査対象となる被疑侵害製品のことを「イ号製品」と呼びます。これも知財実務ではよく使う用語ですので覚えておくとよいでしょう。

特許侵害の2つのパターン:直接侵害と間接侵害

直接侵害とは?

これはもっとも一般的な侵害の形態で、被疑製品が特許発明の技術的範囲にすべて該当する場合に成立します。

間接侵害とは?

一方で「間接侵害」は、被疑製品そのものが直接的に特許請求の範囲に該当していなくても、最終的にその特許を侵害する製品や方法の一部を提供していることで成立します。

具体例:

特許請求項が「Aエンジンを使った自動車」である場合に、他社が「Aエンジンのみ」を製造・販売しているとします。このAエンジンが、その特許請求の発明にしか使えないものである場合、当該企業は間接侵害に問われる可能性があります。

特許法102条の規定により、このような特定用途向けの部材提供も侵害として早期に差し止めが可能となっています。

間接侵害の判例については以下で説明をしておりますのでご参照ください。

特許発明の「技術的範囲」とは何か?

特許侵害かどうかを判断するうえでの基準となるのが、「技術的範囲」です。これは特許法第70条に規定されており、特許請求の範囲(クレーム)の記載に基づいて判断されます。

クレームが最重要

たとえば以下のような折りたたみ椅子の特許を考えてみましょう。

【請求項1】 載置部と、 該載置部に接続した第1の脚体および第2の脚体を有する折りたたみ椅子において、 第1の脚体は、 1対の棒状部材と、該棒状部材間に渡る当接部を備え、 第2の脚体は、 前記第1の脚体の前記棒状部材間に配置される1対の棒状部材と、 前記第2の脚体の前記棒状部材のそれぞれに固定されたフックを備え、 前記フックと、前記当接部が係合し、 前記第1の脚体に対して、前記第2の脚体を固定することを特徴とする折りたたみ椅子。

この文章こそが、発明の技術的範囲を規定する最も重要な情報です。

用語の解釈には明細書・図面も活用

技術的範囲の判断にあたっては、クレームに出てくる用語の意味を補足するために、願書に添付された「明細書」や「図面」も考慮されます。

たとえば上記のクレームにある「棒状部材」が丸棒なのか角棒なのか曖昧な場合は、明細書や図面に記載された実施例を参照して、その語の意味を解釈します。


    載置部と、
  該載置部に接続した第1の脚体および第2の脚体を有する折りたたみ椅子において、
  第1の脚体は、
    1対の棒状部材と、該棒状部材間に渡る当接部を備え、
  第2の脚体は、
    前記第1の脚体の前記棒状部材間に配置される1対の棒状部材と、
    前記第2の脚体の前記棒状部材のそれぞれに固定されたフックを備え、
  前記フックと、前記当接部が係合し、
前記第1の脚体に対して、前記第2の脚体を固定する
ことを特徴とする折りたたみ椅子。

が特許発明の技術的範囲になるわけです。

特許請求の範囲だけでなく、明細書の書き方も大事なんだね。

そもそもの明細書の読み方について知りたい方はこちらをご参照ください。

特許侵害の具体的な判断手順

それでは、実際に自社製品が他社の特許を侵害しているかどうかを判断するためのステップを整理してみましょう。

① クレームを構成要件に分解する

特許請求の範囲を意味のある単位で「構成要件A、B、C……」のように分けていきます。これは侵害性判断の前提として非常に重要な作業です。

たとえば上記の折りたたみ椅子のクレームを以下のように分節します:

  • A:載置部と、第1の脚体および第2の脚体を有する
  • B-1:第1の脚体は、1対の棒状部材
  • B-2:棒状部材間に渡る当接部を備える
  • C-1:第2の脚体は、前記第1の脚体の棒状部材間に配置される1対の棒状部材
  • C-2:各棒状部材に固定されたフックを備える
  • D:フックと当接部が係合し、第1脚体に第2脚体を固定する

このように分けることで、対応する技術要素があるかどうかを1つ1つ確認しやすくなります。

選択図

② 被疑侵害製品(イ号製品)の技術的要素を抽出

次に、調査対象の被疑製品がどのような技術的構成を持っているかを洗い出します。

目視確認ができる物品であれば、実物や図面をもとに構成要素を記述します。ソフトウェアや制御技術のような目に見えない発明の場合は、仕様書や設計図、動作テスト結果などを参照します。

特許請求の範囲イ号(被疑侵害品)
A載置部と、該載置部に接続した第1の脚体および第2の脚体を有する折りたたみ椅子において、・載置部と第1の脚体と第2の脚体を有する。
・折りたたみ椅子である。
B-1第1の脚体は、1対の棒状部材と
B-2該棒状部材間に渡る当接部を備え、
C-1 第2の脚体は、前記第1の脚体の前記棒状部材間に配置される1対の棒状部材と、
C-2前記第2の脚体の前記棒状部材のそれぞれに固定されたフックを備え、
D 前記フックと、前記当接部が係合し、前記第1の脚体に対して、前記第2の脚体を固定することを特徴とする折りたたみ椅子。

③ 構成要件と技術要素の一致性を検討

最後に、特許の構成要件と被疑製品の技術要素が同一かどうかを確認します。

以下のような表形式で整理するとわかりやすいです。

構成要件イ号製品の対応要素一致性
A載置部+第1,第2脚体あり
B-11対の棒状部材
B-2棒状部材間の当接部
C-1棒状部材間の別の棒状部材
C-2フックが各棒状部材にある×
Dフックと当接部が係合

このように、1つでも×がつけば、「全要件充足」の原則からその製品は非侵害と判断されます。

開発や研究の部署の人も知っておいて損はないよ~

分野ごとの特許侵害判断の難易度とポイント

特許侵害の判断は、製品分野によってアプローチや難易度が大きく異なります。たとえば機械系の製品であれば、物理的に目で見たり手に取ったりできるため、構造の比較が比較的容易です。しかし、以下のような分野では注意が必要です。

ソフトウェア・制御系分野

ソフトウェアや制御ロジックなど、内部挙動が外部から見えにくい分野では、侵害調査は難航しがちです。たとえば、画像処理アルゴリズムや通信プロトコルのように、ソースコードや設計思想を確認しなければ技術的構成を特定できないことがあります。

このような場合、以下の手段が有効です:

  • 仕様書・マニュアルの精読(外部公開されている場合)
  • プログラムのリバースエンジニアリング(合法の範囲で)
  • 実際に製品を購入し、動作確認を行う
  • 製品のデモ動画(例:YouTube)や技術記事の分析

とくに近年は、YouTubeや公式ホームページ、開発者ブログなどに詳細な技術解説が載っていることがあり、第三者が詳細なレビューや分解記事をアップしている場合もあります。これらの情報は、ソフトウェア製品におけるイ号製品の構成把握において非常に有用です。

電子部品・回路設計分野

回路やICチップなどの分野では、製品を分解しても中身がブラックボックスになっていることが多く、外観からは構成要件との一致を判断できないこともあります。このような場合、以下の情報源が手がかりとなります:

  • FCC提出資料(米国向け電子製品の場合)
  • 製品の回路図が流出・公開されているWebフォーラム
  • 技術展示会での説明資料
  • 技術者向けのホワイトペーパー

イ号製品の情報はどこから取得する?

侵害判断の出発点は、対象となる「イ号製品」の情報をどれだけ正確に把握できるかにかかっています。具体的な情報源には以下のようなものがあります:

  • メーカーの公式ウェブサイト:製品仕様、マニュアル、FAQなどから技術情報を抽出
  • 動画サイト(YouTubeなど):製品レビュー、分解動画、デモ映像から動作内容を確認
  • ECサイト(Amazon、AliExpress等):顧客レビューや商品説明に詳細な機能記載がある場合も
  • 業界メディアの記事:新製品紹介やテクノロジーニュースから仕様の概要を入手
  • 展示会・カタログ:部品構成や用途が明示されていることがある
  • 逆解析(Reverse Engineering):法的に許される範囲での分解や動作確認による調査

とくに、ソフトウェア関連ではGitHubなどのオープンソースリポジトリにコードの一部が公開されていたり、API仕様書などが公開されている場合もあります。

このように、特許侵害調査においては、調査対象製品の分野特性と入手可能な情報の種類を踏まえ、柔軟かつ多角的にアプローチすることが重要です。

まとめ:開発部門・知財部門が協力すべき理由

特許侵害の判断は、単なる知財部門の仕事と思われがちですが、実は開発や設計、研究の各部門が協力しないと正確に行うのは難しいです。

特に、技術内容の詳細な把握や、図面・仕様書の解釈には、現場の技術者の知見が不可欠です。

  • 製品企画段階での特許調査
  • 試作段階での構成要件チェック
  • リリース直前の最終確認

こうした場面で、知財部門と連携をとることが、特許侵害リスクの回避に大いに役立ちます。

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