特許出願において、拒絶理由通知として明確性要件の違反は拒絶理由としてよく通知されますよね。でもなかなか完全に理解している人は少ないのではないでしょうか
知財の実務に関わっている人はもちろん、弁理士試験受験者にとっても重要な箇所になります。本日はここを徹底解説したいと思います。
はじめに:拒絶理由通知とは?そして「明確性要件」「簡潔性要件」がなぜ重要なのか?
特許出願を行うと、審査官によって「拒絶理由通知」が出されることがよくあります。これは、出願された発明に対して現状では特許を付与できない理由があることを知らせる公式な通知です。
拒絶理由には、「新規性の欠如」「進歩性の欠如」「拡大先願」「明細書記載不備」など多数の類型がありますが、実務上頻繁に遭遇するのが 「明確性要件違反」(特許法第36条第6項第2号)および 「簡潔性要件違反」(同第3号)です。
これらの要件は、一見すると形式的な記載ミスに見えるかもしれませんが、対応を誤ると請求項の趣旨や権利範囲そのものが変わりかねません。また、弁理士試験でも頻出テーマであり、理解が不十分だと得点に結びつけにくくなります。
そこで本記事では、実務者と弁理士受験者の両方にとって極めて重要なこの2つの要件について、 審査基準・判例・実務対応の視点から徹底的に解説 します。
他の拒絶理由については下記の記事でご紹介しております。
第1章:明確性要件とは?【特許法36条第6項第2号】
● 明確性要件の法的根拠
特許法第36条第6項第2号
第二項の特許請求の範囲の記載は、次の各号に適合するものでなければならない。
二 特許を受けようとする発明が明確であること。
この規定は、請求項の内容が不明確であってはならず、当業者が読んで発明の技術的範囲を特定できるようにしなければならないことを意味します。つまり、「何が発明か」を一義的に理解できる必要があるのです。
● 審査基準における明確性要件の考え方
日本の審査基準では、以下のような観点から明確性の有無が判断されます。
- 請求項の記載が日本語として適切か
- 専門用語の意味が明細書中や技術常識から理解できるか
- 発明のカテゴリー(物・方法・製造方法)が明確か
- 選択肢の提示が合理的か
- 曖昧な数量的表現の使用がないか
明確性の判断基準は「当業者が請求項を読んで合理的に理解できるかどうか」であり、一般人の理解までは要求されません。
第2章:明確性要件違反の典型例と対応方法
● 主な違反パターンと実例
① 言語表現が不適切
例:「該部材は一部材である」→文法的に不自然で意味が不明確。
② 技術的内容が矛盾・不整合
例:「成分Aが50%、Bが40%、Cが15%」→合計105%で現実的に不可能。
③ カテゴリーの混乱
「○○を含む自動車または制御システム」→物とシステムが混在し、発明の特定が不能。
④ 曖昧な選択肢表現
「AまたはBまたはCから選ばれる」→選択肢が技術的に類似でないとき不明確。
⑤ 数量限定の曖昧表現
例:「100以上200以下、ただし150を除く」→技術的に曖昧な印象を与える。
● 実務対応:補正と意見書の使い分け
【補正】
- 明確性要件違反は補正で対応可能なケースが多いです。
- ただし、補正によって発明の趣旨が変わらないように注意。
【意見書】
- 用語の意味が明細書から明確に読み取れることを技術常識に基づいて説明。
- 補正なしでも審査官が納得すれば拒絶理由解消可能。
第3章:明確性要件に関する判例解説【特許法第36条第6項第2号】
● 判例①:知財高裁 平成17年(行ケ)第10015号
事件概要:
本件は、請求項に記載された「半導体素子の一部が露出する構造」が不明確であるとされた事案です。審査段階において、当該記載が「構造」の具体的内容を明示していないとして、特許法36条6項2号違反(明確性違反)が指摘されました。
裁判所の判断:
裁判所は、「当該構造が何を意味するのかが明細書を見ても明らかでなく、かつ当業者が読み取ることもできない」と判断。したがって、発明の技術的範囲を一義的に確定できないとして、明確性要件を満たさないとしました。
ポイント:
- 「構造」「形状」「手段」など抽象的な語を使う場合、明細書の具体的記載と結びついて理解できることが不可欠。
- 意味が曖昧な表現は、たとえ技術用語としてよく使われていても、技術的範囲を一義的に導けないならNG。
● 判例②:知財高裁 平成21年(行ケ)第10395号
事件概要:
本件は、請求項に記載された「所定の条件を満たす場合に処理を行う制御部」という記載が問題となった事案です。
裁判所の判断:
「所定の条件」が具体的に何を指すのかが明細書等を見ても不明確であり、当業者が理解できる程度に特定されていないため、明確性を欠くと判断されました。
ポイント:
- 「所定の○○」「一定の条件」などの記載は、何が「所定」なのかを明細書で明らかにする必要がある。
- 「条件」や「範囲」が判断基準として曖昧だと、発明の保護範囲が不明確となる。
第4章:簡潔性要件とは?【特許法36条第6項第3号】
● 法的根拠と趣旨
特許法第36条第6項第3号
三 請求項ごとの記載が簡潔であること
簡潔性要件は、請求項が過度に冗長で理解が困難な場合に問題となります。明確性との違いは、「冗長性・構文の無駄」に着目する点です。
審査基準では、「記載の繰り返し」や「過剰な択一形式」などが典型例とされています。
● 典型的な簡潔性要件違反
① 同内容の記載が冗長に繰り返される
例:「○○装置は、○○部を備え、該○○部は…」→○○が何度も出現し、簡潔さを欠く。
② 択一記載が膨大で読みにくい
例:「AまたはBまたはCまたはDまたはEまたはF…」→読解困難。
● 実務対応方法
【補正】
- 繰り返し記載を構文整理することで、要件を満たすよう補正可能。
【意見書】
- 記載が簡潔であると主張しつつ、技術的背景や目的を提示して冗長でないことを論理立てて説明。
第5章:簡潔性要件に関する判例解説【特許法第36条第6項第3号】
● 判例③:知財高裁 平成19年(行ケ)第10177号
事件概要:
請求項中において冗長な表現、重複表現、同義の文言の繰り返しが多用されていたことが、簡潔性要件に違反するとして拒絶された事案です。
裁判所の判断:
請求項中の表現について、「読み手の理解を困難にし、また請求項の主旨を見えにくくしている」と指摘し、簡潔性を欠くとの判断を支持しました。
ポイント:
- 構成要素の重複記載や過剰な選択肢列挙がある場合は、読みづらさが判断基準となる。
- 「技術的に必要な記載であっても、冗長すぎれば拒絶の対象になり得る」ということを示した重要判例です。
第6章:明確性・簡潔性要件違反と他の拒絶理由の関係
明確性や簡潔性の問題は、以下の拒絶理由とも密接に関連しています。
拒絶理由 | 特許法条文 | 内容 |
---|---|---|
新規性欠如 | 第29条第1項 | 公知発明と同一 |
進歩性欠如 | 第29条第2項 | 既存技術から容易に想到 |
記載不備 | 第36条第4項・第6項 | 明細書のサポート要件・実施可能要件 |
発明該当性欠如 | 第29条柱書 | 技術的思想でないと判断される場合 |
単一性違反 | 第37条 | 発明が一出願一発明に違反 |
第7章:よくある質問(FAQ)〜実務で出会う具体的な明確性・簡潔性の疑問〜
Q1. 【事例】「前記〜部」と記載したら明確性違反と言われました。なぜでしょうか?
A1.
「〜部」という表現は構造なのか機能なのかが不明確になりがちです。
たとえば、「制御部」と記載した場合:
- ハードウェア(回路基板)を指しているのか
- ソフトウェア処理を行う部分なのか
- 両方をまとめた概念的構成なのか
が請求項や明細書から判断できなければ、”技術的範囲が一義的でない(=明確性を欠く)”とされます。
このような場合には、たとえば:
- 「マイクロプロセッサと記憶装置を備える制御装置」などと構成を明示
- 明細書中で「制御部は、マイコンにより構成される」などと明示
することで、明確性の指摘を回避できます。
Q2. 【事例】「装置の動作を判断して適切な処理を行う手段」という記載が簡潔性違反とされました。どうすればよいですか?
A2.
このような記載はあいまいな機能表現と主語・動作が多重化しているため、簡潔性と明確性の両面で問題視されます。
- 「判断」「適切な処理」などの主観的な表現が多い
- 処理の内容が何か具体的に記されていない
- 「手段」という表現で構造的裏付けがない
この場合、「何を条件に、どのような処理を、何によって行うのか」を明確に分解し、例えば:
「前記センサの出力値に基づいて、電流値が所定範囲を超えた場合にモーターの駆動を停止させる制御手段」
のように記述すれば、構造と機能が整理され、簡潔かつ明確になります。
Q5. 【事例】「複数の記憶部を含む記憶手段」という請求項が簡潔性違反とされました。どういう意味ですか?
A3.
この記載は、「記憶手段」と「記憶部」が冗長または重複していると判断される可能性があります。
簡潔性要件では、請求項の構成が:
- 同義反復
- 冗長な修飾語
- 構文の複雑化
を伴うと指摘される傾向があります。
この場合は、例えば:
- 「複数の記憶部を有する記憶装置」
- または「前記記憶手段は、第1記憶部と第2記憶部を含む」
のように整理・具体化することで、簡潔な構成にできます。
おわりに:実務・試験両方で重要な「明確性」と「簡潔性」
明確性要件・簡潔性要件は、一見すると形式面の問題に見えますが、実務でも試験でも非常に本質的なテーマです。請求項は特許権の範囲を決定する中心的文書であり、ここに曖昧さや冗長さがあると、特許の価値そのものが損なわれかねません。
出願実務に関わる方も、弁理士試験を目指す方も、ここでしっかりと要点を押さえておきましょう。
こちらを一通り見て理解を深めるのもおすすめです。
判例まとめ表
判例名 | 要件 | 争点 | 判断のポイント |
---|---|---|---|
知財高裁 平成17年(行ケ)10015号 | 明確性 | 「構造」が不明確 | 当業者が意味を把握できる必要あり |
知財高裁 平成21年(行ケ)10395号 | 明確性 | 「所定の条件」が曖昧 | 明細書等で具体的に特定される必要あり |
知財高裁 平成19年(行ケ)10177号 | 簡潔性 | 重複・冗長な表現 | 技術的妥当性があっても読みづらさでNG |
実務・試験での活用ポイント
- 審査対応では、「抽象表現は明細書中の具体的記載で裏付ける」ことが重要。
- 論文試験でも、明確性違反を指摘された際には、当業者の理解可能性・技術常識・明細書記載との整合性を論理的に説明できるように準備しておく。
- 判例の引用は、補正方針の正当性や出願人の立場の根拠づけとして実務でも有効。
私が弁理士試験にかけたコストや時間及びおすすめの講座についてはこちらにまとめていますのでご参照ください。
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